プリンセス カイウラニ
PRINCESS KAIULANI
ワイキキにプリンセスカイウラニというホテルがある。シェラトンの冠が付いたスターウッドグループのホテルだ。このホテルが何故、プリンセスカイウラニというのか。それは、かつてこの場所にカイウラニ王女の屋敷があったからだ。
カイウラニ王女はカラカウア王の姪で、子供に恵まれなかったハワイ王朝最後の女王リリウオカラニの王位継承者でもあった。彼女は1875年に生まれ、幼少の時代をワイキキビーチからほど近い王室の領地で過ごした。
彼女の運命は、ハワイ王朝崩壊の歴史の中で揺れ動いた。6才の時、カラカウア王が明治天皇に山階宮定麿親王との婚姻を申し入れた。アメリカの植民地政策から逃れるために、移民が多く関係の深かった日本の後ろ盾を得ようという狙いだったが、米国との関係悪化を懸念した日本サイドに断られる結果となった。18才の時、米国から派遣された軍隊によってリリウオカラニ女王の王権が剥奪されると、米国に出向き、当時のクリーブランド大統領に会い、助けを求めるべく奔走したのであった。
そして、ハワイがアメリカの領土となった翌年の1899年、カイウラニ王女は病気のため24才の若さでこの世を去ったのである。彼女が悲劇の王女と呼ばれ、後世になって多くの人々から愛されることとなった所以である。1955年のカメハメハデーにオープンしたプリンセスカイウラニホテルのロビーには、彼女の肖像画や縁の品が飾られ、誕生日の10月16日には彼女を偲ぶイベントが開催されている。
ハワイ王朝を守ろうとした彼女の屋敷の跡に、ハワイ王朝を滅ぼした米国資本の高層ホテルに自分の名前が付けられて建っているのを知ったら、彼女は何と言うだろうか。
(Waikiki, Oahu)